テレビメディアの限界

先日、テレビを見て思ったこと。

テレビでスティーブ・ジョブズのスピーチが紹介されており、その中で、「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」とか、「Stay hungry, stay foolish.(ハングリーであれ。馬鹿であれ)」という言葉が出てきた。それに対し、出演者一同は、「いい言葉だ」とか、「感動した!」とかなんとか言っていた。

馬鹿かと思う。

数十秒のテレビの解説で、このスピーチの良さの1%も分かるわけがない。スピーチの良さが分からないのに、感動できるわけがない。少なくとも、スピーチの全文を読むなり、YouTubeで見るなりして欲しい。そうすることによって、どのような文脈でこの言葉が出てきたか、どう良いのか、という事が分かる。さらに、スピーチの原文を読むなり、Wikipediaでジョブズの人生を調べるなり、ジョブズの生み出した製品に触れるなりすることで、より深く知る事が出来る。より深くスピーチを理解できるようになる。

テレビはあまりに短絡的だ。こうだからこう、納豆は体に良いとか、バナナでダイエットとか、「一対一対応かよ!」みたいな話題で溢れている。1分間で感動できる話、という番組もある。1分間で感動できる話なんてないと思うし、仮にあったとしても、それは1分間分の、カスのような感動だろう。

世の中の事柄は、それほど単純でない。むしろ単純に割り切れることなんてほとんどない。ある一面から見ると良いことでも、別の視点から見ると悪いこともある。0と1、デジタルのように結論が出るのではなく、0と1の間、アナログの領域に結論が出ることがほとんどだ。何かを追求すれば、何かを捨てざるを得ない、トレードオフの関係の中で意志決定をせざるを得ないことも多い。世の中の事柄は、単純に見えることでも、多面的で、多層的で、複雑だ。まぁ、改めて書くほどのことでもないけれど。

そのような複雑な世界であるが、テレビは一面的で、短絡的だ。他方、ネットでは、多種多様な(有益無益の)情報が飛び交っている。その情報を信用するのも自分だし、無視するのも自分だ。知りたいと思えば、どこまでも深く調べることが出来る。もちろん、ネットでの知識は、世界の知識の一部でしかない。偏った知識もあるし、実体験でなければ身につかない知識もある。それでも、ネットではテレビに比べ、物事を多面的・多層的に見ることが出来る。自分の頭で考えることが出来る。
僕が思う、“将来の希望”がここにある。

資料:
スティーブ・ジョブズ、スタンフォード大学卒業祝賀スピーチ

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