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死という発明品

“死”

死ぬこと

いのちが、なくなること

大切な人が、いなくなること

生きてきた自分が、無に帰ること

今まで自分がやってきたこと、築いてきたものが、無価値になること

これから先がなくなること

永遠の、暗黒になること

 

“死”は人間にとって、生き物にとって、極めて大きな問題である。社会的な意味、宗教的な意味、生物的な意味、精神的な意味、それぞれの分野で様々な意味がある。今回は、生物的な意味での“死”、特に“死の誕生”について少し考えてみた。

例えば、海にいる、無性生殖をする生物(雄雌がなく、分裂して増殖する生物)について考えてみる。彼は、海にある栄養分を採取して、生きている。ある程度栄養が貯まった所で、自分のDNAを複製して、細胞分裂を起こす。結果として、全く同じ生物が2つになる。これを繰り返して、どんどん増えていく。

いくら数が増えても、その生物の遺伝情報は全く同じ、性質も全く同じである。そこで、その生物の1つが、外敵に襲われたり、栄養不足になったりして、“死んでしまった”としよう。

“死んでしまって”も、失われるものはほとんどない。全く同じ遺伝情報を持ち、性質が全く同じ生物が、たくさん存在する。n個のコピーが、n-1個に減っただけだ。この世界から、失われたものはほとんど無い。

この世界から失われる事が死である、という意味では、無性生殖をする生物には死は存在しない。つまり、無性生殖をする生物は不死と言える。


一方、有性生殖をする生物(雌雄があり、遺伝情報を交換して子孫を生み出す生物)を考えてみる。彼も、海にある栄養分を採取して、生きている。ある程度栄養が貯まった所で、他の生物である、彼女と出会う。そして、配偶子を介して(遺伝情報を交換して)、新しい個体、つまり子を作る。

子の遺伝情報は、彼と彼女の遺伝情報のサブセットを組み合わせて作られる。それは、彼の遺伝情報とも、彼女の遺伝情報とも異なる、オリジナルの遺伝情報である。

そのため、彼が死んでしまうと、彼の遺伝情報は永遠に失われてしまう。子の遺伝情報は残るが、それは彼の遺伝情報とは異なる情報である。彼の遺伝情報は、この世界から失われてしまう。彼は、“死んでしまった”。

一方、子の遺伝情報は、今まで世界には存在しなかった、新しく“生まれた”遺伝情報である。その遺伝情報は、親の遺伝情報に比べ、環境に適したものかもしれないし、適したものではないかもしれない。適していなければ、残念ながら、その遺伝子を次代に伝えることはできない。逆に環境に適していれば、子は繁栄し、その遺伝子を多くの子孫に伝えることができる。“死”により、古い遺伝情報は失われるが、新しい遺伝情報が繁栄するチャンスが生まれる。“死”は、「古きを一掃し、新しきもののための道を作る。」

まとめ

ある意味で、無性生殖をする生物は不死と言える。“死”という概念(の一部)は、有性生殖をする生物が、進化の過程で作り出したものである。そしてそれは、遺伝情報の喪失というデメリットもあるが、遺伝情報の創造というメリットも生み出した。

“性と死”は、とても奥深い。

 

“Death is very likely the single best invention of Life. It is Life’s change agent. It clears out the old to make way for the new. Right now the new is you, but someday not too long from now, you will gradually become the old and be cleared away.”
– Steve Jobs, Stanford Report, June 14, 2005

「死は、おそらく生が生んだ唯一無比の、最高の発明品だ。死は、変化を引き起こす。死は、古きを一掃し、新しきもののための道を作る。今この瞬間、新しきものと言ったら、それは他ならぬ君たちのことだ。しかし、いつか遠くない将来、君たちもだんだん古きものになっていって、一掃される日が来る。」
– スティーブ・ジョブズ、スタンフォード大学卒業祝賀スピーチ

 

補足:
今回は、遺伝情報のみに焦点を当てて、話を簡略化している。もちろん、生物を構成する要素は遺伝情報だけではない。生物が生きる過程で獲得した経験情報もあるし、突然変異やエピジェネティクスも考慮に入れる必要がある。しかし、単細胞生物においては、今回の話は概ね当てはまるのではないかと思う。