カテゴリー別アーカイブ: 雑記

死という発明品

“死”

死ぬこと

いのちが、なくなること

大切な人が、いなくなること

生きてきた自分が、無に帰ること

今まで自分がやってきたこと、築いてきたものが、無価値になること

これから先がなくなること

永遠の、暗黒になること

 

“死”は人間にとって、生き物にとって、極めて大きな問題である。社会的な意味、宗教的な意味、生物的な意味、精神的な意味、それぞれの分野で様々な意味がある。今回は、生物的な意味での“死”、特に“死の誕生”について少し考えてみた。

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The longest story

先日の、テレビメディアの限界を書いていて、思った事。

テレビというメディアは、時間的な制約、多面的に見られないという制約、能動的に関わる事ができないという制約がある。録画でもしない限り、決まった時間にしか見る事が出来ない。また、放送時間も長くて2時間程度だ。放送内容は、番組制作者が解釈し、意図した内容であり、一面的だ。もちろん、多面的に分析している番組もあるが、それでもその番組の枠、制作者の枠を超える事はない。そして、自分が能動的に関わる事もない。

テレビが如何に素晴らしい物語を伝えようとしても、映像と音声を視聴者に届けるしかない。そして視聴者はそれを、目を開けて、口も開けて、ただ眺めるだけだ。テレビの限界、テレビが伝えることができる物語の限界、というものがある。

ならば、もっと素晴らしい物語、もっと大きな物語はないのだろうか?

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思うこと、考えること

このブログでは、僕が感じたこと、思ったこと、考えたことを、適当に書き綴っている。

だから、“~と思う”とか、“~と考える”で文末を結ぶことが多い。そこで、“思う”と書くべきなのか、それとも“考える”と書くべきなのか、悩むことがある。本当に、どうでもいいことなんだけど。

人間がある事柄について、“感じる”、“思う”、“考える”というのは、どの様な事なんだろう。詳しくは、別の機会に“考える”として、今回は僕が“感じた”事をちょっと書いてみたい。

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