思うこと、考えること

このブログでは、僕が感じたこと、思ったこと、考えたことを、適当に書き綴っている。

だから、“~と思う”とか、“~と考える”で文末を結ぶことが多い。そこで、“思う”と書くべきなのか、それとも“考える”と書くべきなのか、悩むことがある。本当に、どうでもいいことなんだけど。

人間がある事柄について、“感じる”、“思う”、“考える”というのは、どの様な事なんだろう。詳しくは、別の機会に“考える”として、今回は僕が“感じた”事をちょっと書いてみたい。

まず、情報を得ると、人は何かを“感じる”。例えば、「3Dテレビの次は4K2Kテレビだ」という情報を得たとする。僕は、「4K2Kテレビなんて、あまり必要ではないし、売れない」と感じる。何故そう感じるのかは分からないが、今までの僕が得た知識と新しい知識が、脳というブラックボックスで組み合わさって、アウトプットとして出てくるのだろう。何故かは分からないけど。

次に、“思う”ということは、“感じた”事に対して、漠然とした筋道を立てていくことだ(と“思う”)。例えば、「今のテレビでも十分に綺麗で、コストを考えると4K2Kは必要ないし、売れない。3Dテレビのように、付加価値を付けていく戦略は上手くいかない。」と思う。

そして、“考える”ということは、“思う”という漠然とした筋道が、より正確に、より論理的に、より説得力のあるように、補強されたものだ(と“思う”)。
例えば、「そもそもテレビは、テレビ番組・映画・ゲームを表示する装置だ。そして、テレビの値段というのは、“テレビ番組・映画・ゲームを体験する”事に対する対価だ。4K2Kになって画像が綺麗になっても、それにより体験の価値が上昇するような、テレビ番組・映画・ゲームは少ないだろう。
コンテンツとしても、テレビ番組はネットに押されている。映画は横ばいだが、日本のゲーム産業は衰退している。表示装置としても、PCやスマートフォン、タブレットなど、強力なライバルがいる。コンテンツが減弱しているのに加え、テレビに取って代わるデバイスが次々に登場しているため、テレビの価値は下がっている。価格破壊も当然だろう。
要するに、花形家電から、炊飯器や電気ポットのようなポジションに移動しているのだ。電気ポットの湯沸かし時間が20分から19分に短縮された所で、追加のコストを払う人は少ない。同様に、3Dや4K2Kでも、追加のコストを払う人は少ないだろう。だから4K2Kテレビは、あまり必要でないし、売れない」と考える。

もちろん“考える”過程で、“思った”事が違っていた、“感じた”事が違っていた、ということが分かり、全く違う結論になることもある。

冒頭に、“感じた”事を書いてみたい、と書いたが、結局“思った”事を書いてしまったような気がする。“考えた”事には至ってはないが。

また機会があったら、“考える”ことを考えてみよう。

“Watch your thoughts; they become words.
Watch your words; they become actions.
Watch your actions; they become habits.
Watch your habits; they become your character.
Watch your character; it becomes your destiny.
What we think. We become.”
“思考に気をつけなさい。それが言葉になるのです。
言葉に気をつけなさい。それが行動になるのです。
行動に気をつけなさい。それが習慣になるのです。
習慣に気をつけなさい。それが人格になるのです。
人格に気をつけなさい。それが運命になるのです。
私達の思考。そのものに私達はなるのです。”
Margaret Thatcher (13 October 1925 – 8 April 2013)

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